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バーレーンGPがマレーシア開催に?F1の“国名違い”レース史

2026年7月29日 12:55エンタモ編集部
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F1が今季マレーシアで開催するレースを「バーレーングランプリ」として行うと発表し、ファンの間で驚きと戸惑いが広がっている。セパンサーキットは近年のアジアにおけるF1の象徴的な会場であり、2017年にFOMとの契約を終えた後も復活を望む声が根強い人気コースだ。それがなぜ「バーレーンGP」という名前で開催されるのか。

背景には、バーレーン国内での開催が難しい情勢があり、同国が持つ大会の命名権をマレーシアで行使する形になったとみられる。実は、開催国と大会名が一致しないケースはF1の歴史上、今回が初めてではない。

サンマリノGPは実はイタリア開催だった

最も有名な例が1981年に始まった「サンマリノグランプリ」だ。実際の開催地はイタリアのイモラサーキットで、サンマリノ自体では一度もレースが行われていない。モンツァが改修中だった1980年にイモラが「イタリアGP」を代替開催し、翌年モンツァが復活した際に区別のため別名が付けられたのがきっかけだった。さらに2020年、コロナ禍で復活した際には「エミリア・ロマーニャGP」という名称が使われ、イモラは「イタリアGP」「サンマリノGP」「エミリア・ロマーニャGP」という3つの名前でF1を開催した唯一のサーキットとなっている。

ルクセンブルクGPとスイスGPも“名ばかり開催地”

1990年代には、ドイツのニュルブルクリンクで行われたレースが「ルクセンブルクグランプリ」と名付けられたことがある。当時ドイツでは2大会体制が敷かれ、ホッケンハイムが「ドイツGP」、ニュルブルクリンクが「ヨーロッパGP」を名乗っていたが、1997年にヨーロッパGPの名称がスペインのヘレスに移った影響で、1997〜98年はニュルブルクリンク開催のレースが「ルクセンブルクGP」となった。また1955年にサーキットレースを禁止したスイスも、1975年と1982年にフランス・ディジョンで行われたレースを「スイスグランプリ」として開催した歴史を持つ。1982年大会では、ケケ・ロズベルグがチャンピオンを決めるシーズン唯一の勝利を挙げた地としても知られる。

2016年のバクーは「ヨーロッパGP」として開催

2016年にF1が初めてアゼルバイジャンの首都バクーで市街地レースを行った際も、大会名は「アゼルバイジャンGP」ではなく「ヨーロッパグランプリ」だった。バクーは地理的にはアジアに位置するとされることが多く、この命名は当時から議論を呼んだ。翌2017年からは正式に「アゼルバイジャンGP」の名称に改められている。

このように、F1では政治的・物理的事情から開催国と大会名が一致しない例が過去にも複数存在する。今回の「マレーシアで行われるバーレーンGP」も、そうした歴史に連なる異例のケースといえそうだ。

エンタモ編集部の視点

この件で本当に珍しいのは開催地ではなく、グランプリの名前が開催地から切り離されて動いた点です。F1では大会名それ自体が資産で、命名権を持つ側は場所を変えてもその名前を維持できます。カレンダーが埋まりきった現在、既存の名前を残したまま実際の会場だけ差し替える運用は、今後も出てくる可能性があります。

セパンがF1から離れていた8年

マレーシアGPは1999年に始まり、2017年を最後にカレンダーから消えました。セパン・インターナショナル・サーキットはヘルマン・ティルケが手がけた初期の代表作で、長いストレートの先に低速コーナーを置く構成は、その後に作られた新設サーキットの原型になっています。追い抜きが起きやすいコース設計として評価は高いままでした。

それでも撤退に至ったのは、観客動員の落ち込みと開催料の負担が主な理由とされています。アジアでの開催が増えるにつれて希少性が薄れ、地元の集客が伸び悩んだ形です。コースの評判とは別の理由で消えたレースだった、という点は押さえておく価値があります。

サーキット自体はその後もMotoGPをはじめとする国際レースを開催し続けており、設備が失われたわけではありません。だから今回のように、別の名前であってもF1が戻ってくること自体は、技術的には難しくない話です。ファンの間で驚きと同時に歓迎の声が出ているのは、そういう背景があります。

出典:Motorsport.comより。翻訳・要約はエンタモ編集部。

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